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藤木相元先生の運をつかむ!

第七回 自分自身が自分の師です 2007.08.17
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【藤木相元先生の運をつかむ!!】一覧はこちら

 「私はこんなに素晴らしい先生にめぐりあったから、私の今日があるのだ」という方がいますが、そんな良い縁を得られる人は一握りの人です。また、この人たちとは逆に、自分が大成しないのは良い師がなかったからだと思っている人がいます。これは完全な思い違いで、学ぶという心があれば、すべて師です。宮本武蔵の二刀流にしても、剣の道を学ぶことに彼は師はおらず、大自然を師として学んでいます。蝶の飛びも蠅一匹の動きも、蚊の攻撃すらも、また、草や木、風の流れ、すべてが武蔵にとっては師であったのです。つまり、どれだけ学ぶ心をもってどれほどに実行し、学び取ったかが大事なのです。師とは、手を取り足を取り、おんぶに抱っこで弟子に教えるものではないのです。五味康祐は「喪神」という小説で芥川賞を受賞しましたが、彼の作品の中に、それは壮絶な悲しい剣の話があります。山中で、ある若い刺客が仙人に剣を教わります。ある日、師は「これ以上教えるものがない。しかし、おまえが俺を切れた時に山を降りろ」と言います。弟子が師を切るわけですから、今か今かと思いながら、どうしても切れません。そこで、すべてを諦めて山を降りようとした時、師に一瞬のすきが見え、その間髪を突いて師を切り捨てます。師はにっこりと笑って、この世を去ります。しかし、刺客は生涯山を降りることはありませんでした。命をかけた師と弟子の話です。

 

嘉祥流観相学会導主

 

藤木相元

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