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藤木相元先生の運をつかむ!

第十七回 お経は唱えていることに価値があります 2008.04.21
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 お経を大きな声でお坊さんがあげていると、いかにもありがたいような気がします。しかし、実際に何を言っているのか分からない場合が多々あります。それに、死んだ人の魂というものに本当に届いているのかどうかということも疑わしいものです。しかし、それが弔いというものであって、残された者たちの「どうか心おきなく安心して眠ってください」という願いが、経文という形式の中にあるのです。経文は残された人々のためのものでもあるし、お坊さんの頭の中にもいって聞かせている言葉なのです。

 昔、あるお婆さんがお経を間違えて盛んに読んでいました。言葉が間違っているので、お坊さんが見兼ねて「婆さん、間違っているよ。そこはこう言うんだ」といったところが、婆さんが突如としてお経が読めなくなってしまいました。どちらが本当に良かったのかというと、間違っていても、お経を読んでいた方が婆さんには良かったということになるのです。死んだお爺さんに対してもそれが本物として伝わっていたはずですし、間違っているとか間違っていないということが問題ではなく、思いを込めて朗々と言葉を口から発していくところに経文の価値があるのですから。

 経文を唱えることは、先祖の手向けですし先祖に手向けることは、自分にも手向けることになるのです。自分はこの先祖によって今日いるのだという感激を経文によって告げる、それ以外にあの世と話す言葉はありません。ひたすらに経を唱えるということは、愛別離苦、そして生老病死で亡くなっていった人たちに対するたった一つの掛け声なのです。

藤木相元(ふじき・そうげん)

大正12年兵庫県生まれ。昭和40年三輪宗引接寺にて嘉祥流観相学会を組織。以後多くの人々のカウンセリングや企業の経営相談にあたる。平成3年三論宗の復興に貢献し大僧正となる。主な著書「漫画・笑運指南虎の巻」「運を呼び込む成功顔になりなさい」など多数。

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