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はいから特別インタビュー/宮川大助・花子 【Part1】 2009.03.31
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よしもとプリンスシアターオープン&宮川大助・花子 30周年記念公演

はいから特別インタビュー/宮川大助・花子 

よしもとプリンスシアターオープン
&宮川大助・花子 30周年記念公演

いくつもの危機を乗り越えて
気付いたら夫婦漫才で30年。
変わらない夫婦の絆と
変化する漫才のかたち

 

 第1回 宮川大助・花子結成。そして転機となった大助師匠の危機

◆宮川大助・花子師匠といえば、今や夫婦漫才の代名詞的存在。大阪を拠点に漫才を続け、今年ついにコンビ結成30周年!もちろんそれは夫婦としての歴史でもあります。お互いを思いやり尊重しあう理想の夫婦としてもテレビや講演会など多望な日々を送ります。
 今回は、東京・品川であらたなエンターテインメントの発信基地としてオープンする「よしもとプリンスシアター」で行われる宮川大助・花子師匠の30周年記念公演を中心に、コンビ結成やこれまでの夫婦の歴史などをお話いただきました。

 

夫婦やめるなら漫才やめる!?
宮川大助・花子の波乱万丈30年

大助師匠(以下大助)「コンビ結成当時は二人でアルバイトして、それを生活費にあててね。少しでも効率良く働きながら衣装代や養育費を稼ぎ出すんです。娘を背中に背負ったまま劇場に入ってたなぁ。その頃の難波花月や梅田花月は芸人とお客さんが同じ所から入ってましてね、同期の紳助竜介さんたちの若いファンがたくさんいて、そこに子どもを背負った僕らが来るわけですから、集まったファンは興ざめするんですよ(笑)。その次にダウンタウンでしょ。さらに若いファンがたくさんいる中で、僕らはやっぱり娘と劇場に入るんです。変わったのは背負っていた娘が大きくなって、手をつないでいること(笑)。そういうのを含めての30年ですからね。成長した娘が今、漫才やってるのを見てるとなんか不思議な30年」

花子師匠(以下花子)「ホンマ不思議やね。私ら漫才師としては、ええ時期にやらしてもらったと思います。ただ私にとってはコンビというより、夫婦で何年という数え方が自然なんです。夫婦でなかったらこんなに苦労してませんもん。漫才師としては稽古や努力は当たり前やし揉めんのも当たり前。でも私らから漫才をとったら、喧嘩もせえへん夫婦なんですよ」

大助「漫才以外では、ホンマにつまらん喧嘩はしなかったなぁ」

花子「せやから私、何かあったら夫婦が別れるより漫才やめればいいと思ってたんです。私らにとって一番危険なものを除外した方がいいと。せっかく夫婦なんやからね。当時はいつでも漫才やめる気でしたよ(笑)。夫婦漫才は別れた方が売れるらしいですけど、私も大助くんも漫才師であること以上に、夫婦であることが普通でしたから。そんな私らにしてみれば30年も漫才やって来られたことの方がスゴイ! 夫婦や家族よりも漫才が上にくることはありませんでした。というか、一番下(笑)」

 ええ~!? 新人コンテストで子持ち夫婦だとばれちゃった!
そこから始まった宮川大助・花子の夫婦漫才

◆コンビ以上に夫婦としてしっかりと結びついていた宮川大助・花子師匠。しかし、デビュ-間もない頃は夫婦ということは公にしていなかったそうです。

大助「当時は紳助竜介さん、さんまさん、巨人阪神さんといったレベルの高い方がめきめきと頭角を現してきた頃。僕らもその波に乗りたいと思いましたが、レベルも拙いし、出遅れた感はありましたね。娘には何の責任もありませんが、所帯じみた雰囲気ではファンに夢をみせられない(笑)」

花子「ですから初めは夫婦だとは公表してなかったんです。それがある新人コンテストで私らが優勝した時、司会の三枝さんが優勝は大助花子です! の後に“夫婦でよく頑張ったな。それでは子どもさんも舞台に”って言ってしまったんです(笑)。新人賞ですよ! 周りも若い方ばかりやのに。もう「えええええええええェェェェェェェ~」ですよ。
 それから夫婦漫才として世間から認められるようになったんですが、初めは抵抗ありましたね。漫才に兄弟も夫婦もあるかいなって。でも今はもう「夫婦漫才」の大助花子さんって言われることをとても誇りに思ってるんです。漫才のネタも夫婦のことが多いですし、街歩いててもダイハナ(宮川大助・花子)見てたらウチんとこと同じやわてよく言われます(笑)。有り難いし幸せだと思います」

大助「あの時はほんまにビックリ。まさか娘まで出て来るとは。いつかはバレることですけど、夫婦ネタはまだ先やと思ってたんです。そうしたらマネージャーも“こうなったら明日から夫婦漫才としてやってください”って(笑)。でもマネージャーが偉かったんはその後に“私が夫婦で出られる番組をとってきますから”と言ったこと。それからワイドショーなど、夫婦で使っていただける機会がどんどん増えていったんです。夫婦の悩みに答えたり、『徹子の部屋』でもそうでした。そういう場を与えられたのなら、これはもう漫才師として以上に夫婦の価値観を大切にせんとあかん。そんな夫婦がオモロイことやってはるということであって、『漫才やってるのがたまたま夫婦やった』というのとは根本的に違うんです。それが何だかんだで30年。気ィ付いたら娘まで漫才やっとった。今は早く売れて欲しい…というか早よ嫁に行ってくれ!(笑)」

花子「ははは、そうそう(笑)」

 突然訪れた夫婦漫才の危機
大助くんの言葉で私はほんまの芸人になれた!(宮川花子)

◆そんな宮川大助・花子に突然の転機がやってきます。大助師匠が脳出血で倒れてしまったのです。一時は命の危険も…。誰もが宮川大助花子の夫婦漫才を諦めかけていました。

花子「私ね、この人(大助師匠)のことを相方て思たこと一度もないんです。時々『相方さんに…』って質問されると『え~誰? この人旦那やん』ってびっくりするんです。夫としか思たことないんですよ」

大助「ほんまかいな~、本音のところは相方でしょ。本人漫談やってる感覚やから(笑)」

花子「ちょっと黙っといて(笑)。それでね、いつか大助くんが“花子さんは奥さんとしては何点ですか”って聞かれた時に“奥さんとしては百点です”って言ってくれはったんです。“漫才師としては?”の問いには“そやね、五十点くらいかな”って。世間的には「え~」という感じでしたが、私の中では一番嬉しかった言葉なんです。それでいいわぁ、逆やったらイヤやなぁって。
 それが変わったのが二年前。大助くんが倒れた時やね。子育ても終り、さて女として次は何をしようと考えていた時です。集中治療室に運ばれた大助くんは私に“俺は漫才はもうあかん。花子ひとりで(東京の舞台に)行ってくれ」と言ったんです。娘はそれを聞いて“自分の命も危ないのに、お母さんに舞台にたつよう言うたお父さんは立派や。ほんまの芸人や!”と言いましたね。それで私はひとりで舞台に立つ決心がついたんです。普通なら私は病院で『どうしよう』って頭抱えていたはずですから。その時に私は、

―妻であり女でありながら、ほんまの芸人になれた―

 そう思うんです。周りの人からみればこてこての芸人やんかって笑われるかもしれませんけど、これまではいつ芸人やめても惜しくなかったんです。漫才師って言われる方がしんどかったしね。それくらい、私にとって大助くんの妻であるのことは大切なんです。あの時、もし私の方から大助くんに“私ひとりでも舞台に行かんとあかん!”って言うたら、それはもうただの芸人としての私ししかいてないでしょ。私らの場合、二人が夫婦であるかぎり、私一人でもやっぱり夫婦漫才の宮川大助・花子なんです。

 大助くんが私に一人で東京行け言わはったんは、私が妻である。間違いないで!って太鼓判を押してくれたようなものやと思ってます。今回初めて一人で舞台に立たせてもらえて“漫才やってて良かった”って心から思えたんも、その言葉を大助くんの方から言ってもらえたから。だからこそ私は妻のままで、ほんまの芸人にもなれた。芸人宮川花子を開花させてくれたんやと思うんです。
 ですから今度は私から大助くんに言うたんです。“30周年のライブをやろう! 漫才で30年、カッコエエやんか! 芸人として30年も何かをつくり続けたなんてすごいやん”て」

大助「いや…そんなん考えてないよ(笑)」

花子「誉めるのは今だけやからな」

 

第2回 ~宮川大助師匠が手に入れたもの。そして始まる30周年記念公演~ へ続く。

※第1回/第2回 共通 公演告知データ

宮川大助・花子 30周年記念公演
「Shall we Smile  ~ 一歩の勇気 ~ 」
東京公演いよいよ開幕!

■期間/2009年5月2(土)~4日(月・祝)
■場所/東京・よしもとプリンスシアター
■内容/漫才、コント、芝居などを織りまぜた特別興行
※名古屋・中日劇場2009年9月19(土)~23日(水・祝)

 

大助花子師匠からメッセージ-
花子
「奥様、お洒落して笑いに来てください。旦那さんと一緒のデートらななお素敵。葬式と結婚式以外でも真珠やってね!もったいないやん(笑)。12月に集大成となるイベントをなんばグランド花月で開催する予定です。そっちも楽しみにしてください! 」
大助「ほんまに東京でやらせてもらえることは幸せです。大阪独特の、灰汁の強い理屈の面白さと洗練された部分を楽しんでいってください」

 

【よしもとプリンスシアター公演情報】
4月25日(土)、品川に次世代型エンタテインメントシアター『よしもとプリンスシアター』がオープン! 品川プリンスホテルと吉本興業が融合した総合エンタテインメントゾーン。7月31日(金)までは、お披露目公演として、東西の人気芸人が出演する寄席形式の『品川花月』をスタート。バラエティ(漫才、落語、コント、諸芸)と吉本新喜劇を楽しめる約2時間の公演。テレビとは違う、“生の笑い”は必見!! 
■期間/4月25日(土)~7月31日(金)
■会場/よしもとプリンスシアター(品川プリンスホテルアネックスタワー3F クラブeX)
■料金/前売:4,500円、当日:5,000円(全席指定・税込み)

【お問い合わせは】チケットよしもとTEL.0570-036-912
ホームページ 
http://www.yoshimoto.co.jp/

 

●宮川大助・花子 プロフィール
1979年のコンビ結成以来、 82年ABC漫才落語新人コンクール最優秀新人賞、上方お笑い大賞、日本放送演芸大賞、花王名人大賞名人賞など多数受賞。夫婦漫才として不動の地位を築く。その後も誰もが憧れる理想の夫婦としてテレビ、映画、CM、講演会などで活躍。 著書に『愛をみつけた大助花子のおやオヤ日記』(朝日新聞社)絵本『空飛ぶ魚』(東方出版)、『日本昔ばなし(全12巻)』(京都書院)。NHK「もっともっと関西」(水曜日)出演中。コンビ結成30周年記念公演開催中!


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