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芸能人インタビュー
- 自前の人生がいちばん!自分の人生に風穴を開けられるのは、自分しかいない 2011.04.18
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自前の人生がいちばん!
自分の人生に風穴を開けられるのは、自分しかいないアナウンサーを経て作家に転身した落合恵子さん。執筆活動だけでなく、『行動する作家』として、子どもや女性、高齢者、障がいのある人の言葉に耳を傾け、さまざまな活動を行っている。その根底には、「誰かが足を踏まれている社会で気持ち良く生きることはできない」という強い想いがある。
■偏見にとらわれず、素直な心で人や物事を見つめる
子どもの本の専門店『クレヨンハウス』。店内には、国内外の絵本や読みものがずらりと並ぶ。落合さんはそのうちの一冊を手に取り、愛おしむように見つめた。『おやすみ、ぼく』(アンドリューダッド文、エマ・クエイ絵)。落合さんが自ら訳した絵本だ。
「素敵でしょ。アメリカで見付けたときは、もう本当に、嬉しくて嬉しくて。胸に抱いて、大切に持ち帰りました」アナウンサー時代から「素敵な本との出会い、再会…そんな空間を創りたい」という思いを抱いていた。そして'76年、『クレヨンハウス』を開く。
「放送局に勤めていたときも、欧米を中心に、海外へ取材に行っていました。どの市にも必ず子どもの本の専門店がある。そこではさまざまな世代の人が本に熱中し、教育論を交わしたり、子育てについて相談し合ったり。なんて素晴らしいんだろうと思いました」
絵本は子どもだけでなく、老若男女問わず誰もが楽しめる、年齢制限なしのメディアなのだ。「私が幼い頃の絵本は、子育てやしつけを目的としたものが多かったです。海外の絵本に初めて出会ったのは10代のとき。『なんと深く、豊かなのだろう』ととても驚き、感動したのを覚えています。もっと早く出会いたかったなぁ、とも」
絵本にはルールがない。植物や動物が当たり前のように人間と会話をしたり、種の違いを超え一緒に住んでいたり、モノが生きていたり…。絵本の自由な世界観は私たちに大切なことを教えてくれる。
「決め付けることの不自由さ、というものがあると思います。私は自分が決め付けられ
ることも、他者を決め付けることも落ち着かない。最初から緑のレンズをかけて物事を見ていたら、世界は緑色にしか見えない。それだとつまらないし、もったいない。本当はもっとたくさんの色があるのに、一色しか見ようとしないのは哀しい」
色眼鏡の先にあるのは、自分自身の偏見や先入観が反映された世界でしかない。落合さんはつねに心のアンテナを磨き、研ぎ澄まし、すべてにおいて本質を観ようと努力する。もちろん、世間のイメージや噂だけで人を決め付けることもしない。
「人は多面的な存在。できれば、その人のいろんな表情を知りたいし、理解したい。実際に会って話しても、必ずしも理解できるものではないけれど、それでも『わかりたい』と思い続けることは無駄ではないと思うんです」
「気の赴くままに、そのとき、自分がしたいことをする。これは私にとってごく自然なことで、自分と仲良くする方法の一つです。仕事は別よ(笑)、気ままにというわけにはいきません。
たとえば料理。自分に合う味は自分がいちばん良く知っていますから、私は外食よりも作る方が断然好き。後片付けは苦手なんですけど(笑)。食材は調味料まですべてオーガニック。安全なものは美味しくて、体にも優しい。他にも、緑を愛でたり、花の種を蒔いたり、好きな本を何度も読み返したり…そうやっていろんな良いものを自分の中に取り入れ、心が喜ぶことをする。それは日々を丁寧に暮らすことと通じる部分があるかもしれません。自分を大切にすることは、他者を思いやり、大切にする上で欠かせないことでしょう」
子どもや女性、高齢者、障がいのある人たちの声に耳を傾け、共に考えてきた落合さん。理不尽なことがあれば、そのつど社会に向け、異議を申し立ててきた。それは人の命や、一人ひとりのかけがえのない人生に対する共感力なのだ。
「私は媚びたり、甘えたりすることはできないし、したくない。大きな力にすり寄ることは、その見返りに何かを得ようとする、恥ずかしい行為でしょう。欲しいものは、自前で手に入れるからこそ醍醐味があり、満足感も得られる。どんなに努力しても手に入らないのなら、諦めなくっちゃ(笑)。人は、自分以外の人生を生きられません。人生に風穴を開けられるのは自分だけ。どんなに不器用でも、傷付いても良いじゃないですか。自前の人生が私はいちばん好きです」
年を重ねるごとに輝きを増していく落合さん。世の中のアンチ・エイジングブームとはまったく無縁で、自然に、豊かに年を重ねている。染めていない、濃淡混じり合う髪はとても素敵で、人生の深みを感じさせる。
「私は世の中のあらゆる力学にはアンチを唱えますが、エイジングとは闘いません。ウェルカム・エイジング! シワや白髪が増えたり、若い頃に比べて体力がなくなるのは当たり前のこと。丸ごと受け入れています。
年を重ねるって、とっても素敵なことじゃない。若い頃はたくさんの鎖に繋がれていたけれど、そこからどんどん解き放たれて、自由になっていく。私は昔より今の方が、生きていてずっと充実しています。『こう在りたい』と望む自分に近付いていっています」
いつまでも若くありたい、長生きしたい…アンチ・エイジングの先には、死への恐怖があると言う。しかしどんな人にも平等に、最期の日は訪れるのだ。
落合さんは、最愛の人―母親の七年に渡る介護を通して、改めてその事実を深く見つめることになった。パーキンソン病やアルツハイマー病を患い、寝たきりになった母親を自宅で看取った落合さん。人はそれぞれの事情に合った介護の手段を選ぶが、落合さんにとって自宅での介護はごく自然なことだった。
「母が家で祖母を介護していたのも見ていましたし、何より母自身、遠慮がちではあったけれど、家にいたいという気持ちを抱いていた。私もどうしても好きな仕事中心に、前のめりに生きてきたものですから、母とゆっくり過ごす時間をなかなか持てなかった。それならば、介護が必要となった今こそ、母との時空を大切にしようと思いました。
初めての介護だったので、母にとって充分な形をプレゼントすることはできなかったかもしれない。ベターを求めたつもりでも、悔いは残るものだと痛感しました。それでも母とじっくり向き合うことができて、過ぎてしまえば、濃密な、幸せな七年間でした。私の中で本当にかけがえのない、大切な母との時間…言葉を重ねれば重ねるほど、薄れていってしまうような、遠くに行ってしまうような怖さがあります。
介護は命の原形と向き合うことです。人が命の終わりを迎えるのは、ごく自然なこと。その事実をより鮮明に母に見せてもらったような気がします。予習をさせてもらいました」
落合さんは静かに微笑んだ。「昨日はもう過ぎ去り、明日はまだ来ない。私たちには『今、この瞬間』に心を込めて、丁寧に生きることしかできないのです」
★東京・青山『クレヨンハウス』
港区北青山3-8-15
tel.03-3406-6308/11時~19時/年中無休
作家/落合 恵子
おちあい・けいこ 1945年栃木県出身。文化放送のアナウンサーを経て作家に。東京、大阪にて子どもの本の専門店『クレヨンハウス』、女性の本の専門店『ミズ・クレヨンハウス』、オーガニック市場・レストラン等を開く。『母に歌う子守唄 わたしの介護日誌』『絵本処方箋』等、著書多数。『孤独力』(小学館)、『積極的その日暮らし』(朝日新聞社)が春に刊行。