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人生の達人

はいからの表紙を描いてくださる水彩画家 2008.03.29
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 「表紙を描いている画家さんのことを知りたい!」というたくさんの読者の要望にお答えして、今回ははいからの表紙を描いてくださる、水彩画家の青木美和さんに登場していただきます。いつも素敵な絵で表紙を飾ってくれる青木さんは、幼い頃から絵を描くことが大好きだったと言います。画家としての活動を始めた経緯や、絵を描くということそのものについて、お話ししていただきました。

『趣味』の心を失わない絵。絵を描くことが自分の居場所

 「昔から絵を描くか本を読むかのどちらかしかありませんでした」。そう言う青木美和さんは、温かく優しい絵の印象そのままの方でした。青木さんの通っていた幼稚園の隣には、著名な洋画家である日高政広氏が絵画教室を開いており、中学校を卒業するまでずっとそこで絵を習っていたのだそうです。

 「油絵の先生でしたので、私もその頃は水彩画ではなく油絵を描いていたんです。その先生がいかにも画家さんという感じでした。芸術肌と言うのでしょうか、幼い子ども相手にとても熱心に教えていたんですよ。筆の扱い方に本気で怒ったり。子どもの教室ではあったけれど、先生の絵に対する真剣な姿勢というのが滲み出ていたから、『絵を描くって物凄く大変なことなんだ』と子どもながらに思っていました」

 幼い頃から身近で本物の画家の姿を見続けてきた青木さんは、小学生にしてすでに「絵を描くことを仕事にするのは難しいだろうな」という思いを漠然と抱いていたそうです。絵を描くことはあくまでも趣味だったと言います。

 そんな青木さんが通っていたのは、田園調布にあるミッション系の学校。生徒は英語堪能で帰国子女が多く、外交官や俳優や医者を親に持つ、絵に描いたようなお嬢様学校だったのだそうです。

 「皆おっとりしていて良い人たちばかりだったんですけれど、私はどちらかと言うと東京の下町っぽいところで育ちましたので、学校になんとなく違和感を感じていました。だから週に一回の絵画教室がとても楽しくて、凄くホッとできた。絵を描くことで自分の居場所を作っていたんです」

好きだから、描きたいから描く。その気持ちのまま仕事になった

 青木さんは美術大学には進学せずに、早稲田大学の日本文学部に入学します。

 「美大に対する憧れはありましたし、行ったら楽しそうだなという気持ちもありました。けれど、私は『自分が好きな絵とは何か』というだけで描いていましたから、『好きではない絵』を描くことが一番苦痛だったんです。それなのに試験に受かるためには自分が好きな絵だけでなく、『受験用』の絵を描かなければならない。試験に受かった人たちの絵がずらっと並んでいるのを画塾で見て、すっかり気押されてしまいました。美大に入るためには、人を圧倒するような絵を描かなくてはいけないのかなぁって。だから美大には行かなかったのですが、絵を描くことは相変わらず好きでずっと続けていました」

 文学部を専攻していたので、卒業後はフリーライターとして、旅行雑誌などに記事を書いたりしていたそうです。

 「絵が趣味だということを知っていた事務所の方から『じゃあ描いてみる?』という感じで勧められたんです。それからだんだんイラストの仕事が増えていきました。ちょうどその頃から、水彩画を描き始めました。矢田茂さんという透明水彩画家がいて、その方に教わったんです。水彩画の光を意識した描き方が自分の肌に合っていて、それからはもう水彩画ばかりです。花なら花、とモチーフを限定してそれだけを描き続ける画家さんもいますけれど、私は特に対象を限定することはありません。ただ光で表現することが好きなので、花でも風景でも光が差しているものを描くことが多いです」
 今でもどこか趣味のまま描いている感覚があるのだそうです。

置き去りにされた『場所』その中に残る『人』の匂い

 富士山やエッフェル塔などのいわゆる『名所』を描くことが、青木さんは苦手なのだと言います。

 「例えば綺麗な建物が目の前にあったとしても、それは描かずに、その外壁に立て掛けられている壊れた自転車やゴミ箱や、そういうものばっかり描いてしまうんです(笑)」

 骨董市をスケッチしたときは、品物がズラッと並んでいるような光景は一切描かず、手すりに繋がれた犬が、品物を見る飼い主をずっと見つめている様子を描きました。 
「骨董市そのものはフレームアウトさせて、人々の足だけで賑わっている様子を表現したんです。目線を少しずらしたくなるんですよね。今まさに人がたくさんいて盛り上がっている最先端のような場所ではなくて、都会の流れに置いていかれて取り残された場所に、人の匂いが残り香のように漂っている… 少し寂しげで儚げなんだけれど、本当はそこの方が温かいんだよ、というような、そういう風景にとても惹かれるんです。自分が感じた印象をそのまま伝えるためにも、風景を写実のように見たまま描くことはしません。車の数を減らしたり別の色を塗ったり、変えちゃいます。実際とは違うものを描くことによって、かえって伝えたいイメージを強調することができるんです」

一瞬で決まってしまう水彩画だからこそいつも新鮮で楽しい

 水彩画において大事なのは、「水加減」なのだと青木さんは言います。ほんの一瞬で色が流れてしまうので、呼吸も忘れるほどに集中するのだとか。

 「水彩画は、描き過ぎると色が濁ってしまいます。透明感を失わないためにも、『どこで止めるか』というのはとても重要なんですよ。自分にとって無駄な表現をどう削るか。葉っぱにしても、描こうと思えばいくらでも描くことができますよね。けれど伝えたいものを表現するためには、どこかで止めないといけないんです。その止めどきが人によって違いますから、それがその人の味や個性になるんですよね」

 絵を描く過程でもっとも楽しいのは、白い紙に最初の色を落とす瞬間なのだそうです。

 「白の紙が別の色になる瞬間は、毎回感動します。その分、緊張もありますけれど。絵を描くことは、何年も描き続けてきた今でも楽しいんですよ」

PROFILE

青木 美和さん/水彩画家

1963年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部日本文学専攻卒業。洋画家・日高政広氏に油彩画、水彩画を師事。透明水彩画を水彩画家・矢田茂氏に師事。1990年頃より広告、出版関係のイラストレーションを手掛ける。自然風物の他、室内風景や街並など日常生活の一コマ、花、野菜、雑貨、動物などを透明水彩で描く。銀座光画廊、府中伊勢丹、ギャラリートーニチ新宿など、さまざまな所で個展を開く。日本スケッチ画会会員。『花と静物を描こう』グラフィック社など著作多数。
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