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人生の達人

海外ライフコンサルタント/石川真澄さん 2009.09.28
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客室乗務員として世界の空を飛び続けた40年。

希少な経験を元に次なる目標へ挑戦!!

世界の航空業界を見渡しても、40年というキャリアの持ち主は希有な存在。日本が先進国の仲間入りをした東京オリンピックから、経済発展を遂げた今日までの間、機上でスチュワーデスとして活躍し続けた石川真澄さん。華やかさの陰で積み重ねた人一倍の努力が実を結び、『カリスマチーフパーサー』としての名声を築きます。退職した現在、その経験と実績を元に新たな目標に向かってチャレンジを始めています。

 

きっかけは高校時代の懸賞作文。

憧れの仕事に就き、大奮闘!

 昨年、JAL国際線のチーフパーサー(客室乗務員を取りまとめるリーダー職) を最後に退職した石川真澄さん。'68年の入社以来現役にこだわり続け、40年に渡り世界中の空を飛び回りました。その乗務時間は2万8千時間、距離にすると2、240万km、地球560周分に相当するそうです。このギネス級といえる記録を、持つまでに至った経緯について伺いました。

 「今思えば、40年はあっという間だったような気がします。この仕事に就いたきっかけは、高校生のとき応募した懸賞作文で、12万人の中から選ばれたことです。ご褒美に親善大使としてハワイに派遣されたのですが、当時、東京オリンピックの開催や日本の海外旅行が自由化されたばかりで、一般市民にとって海外旅行は高嶺の花。私には飛行機に乗るのも初めての体験でした。そのハワイ行きの飛行機でスチュワーデスを見て機内で働ける職業があることを知り、『世界中に行けるなんて素敵!』と憧れてしまって(笑)」

 高校を卒業後、石川さんは意を決し、当時唯一国際線を運航していた日本航空の入社試験に挑戦。見事難関を突破し、晴れて第72期生フライトアテンダントとして、スタートを切ります。

 「客室乗務員は女性にとって憧れの職業でしたから、感激もひとしお。しかし6ヵ月の厳しい訓練を終え、いざフライト業務に就くとこれが大変。想像以上に体力を使う上に、時差による自分なりの体調管理も必要です。そしてお客様へのサービスと安全に全神経を集中させるなど、新人の私には戸惑うことばかりでした」

 持ち前の積極性と人一倍の努力で厳しい仕事にも慣れた頃、360人乗りのジャンボジェット機が導入されるなど、航空業界は非常に華やかな時代を迎えた時期でした。

 

タフで柔軟な心身が、
より豊かで充実した人生を導く

石川さんは客室乗務員時代、月の3分の2の期間が海外勤務という多忙な日々を送っていました。しかしプライベートでは、多彩な趣味を持つ行動派でもあります。小型船舶一級免許を合宿で取得したり、大型バイクを運転したり。また、会社の女の子4人とグループを結成し、渋谷のライブハウスでカーペンターズなどアメリカンポップスを歌っていたこともあります。公私ともに何事にも意欲的に取り組んできた石川さん。その経験が人命救助に活かされたこともあります。

 「ハワイから日本へのフライトの途中、心肺停止の状態になられたお客様がいらっしゃいました。当時はまだAED(自動体外式除細動器)を機内に設置しておらず、ドクターコールをしても乗客に医師の方はいらっしゃいません。その頃私はチーフとして機内の安全を預かる中、社の研修以外に赤十字の救急法救急員の資格を取得していたんです。それを思い出しながら施した心臓マッサージと人工呼吸で無事、お客様は意識を回復されました。機内サービスだけでなく、お客様の安全性と快適性、定時性を守り目的地まで飛ぶのが私たちの役目。バブル崩壊後は人員が削減される中、お客様へのサービスをどこまで追求できるか、そんな気持ちとの戦いでした」

 華やかな一方、体力勝負でもある仕事ですが、つらいと思ったことは一度もなかったという石川さん。健康管理のために、常にスポーツでの体力作りは欠かさなかったそうです。

JALの機体を背景に。

 「高度1万km、富士山の7合目に相当する気圧と湿度0%という環境で、仮眠を取りながら長いときは機内で14時間働き続けることもあります。そのため体調管理と時差調整はとても重要でした。体力作りのために20代はスキー、30代はウィンドサーフィン、40代は水泳をしていました。'02年には3度目のホノルルマラソンも完走したんです。健康であったからこそ、この仕事を続けてこられたのだと感謝しています。また自分に似た不器用な後輩たちのいいところを引き出し(笑)、彼女たちが立派な客室乗務員に成長していくのを見るのも、大きなやりがいでした」

 そんな石川さんは、部下や後輩たちから『カリスマチーフ』と呼ばれ、親しまれていました。「笑顔でサービスをしながら、いざというときには度胸も必要なのが客室乗務員。今後も後輩たちがこの仕事に誇りを持ち、気持ちよく働いてほしいと思います」

 

これまでの経験を活かし、

自分にできる社会貢献がしたい

 

ラストフライトを終えた、2008年の退職時の写真

 昨年退職した後には、これまでの経験を活かしたさまざまな活動を始めます。ハワイでのロングステイや個性的なウェディングを企画する会社を立ち上げたり、マナー講座の講師や、退職者の経験・能力を社会に還元する活動など、幅広い分野で活躍しています。

 「JALを退社後、当たり前のようにあった仕事がない毎日に、これではいけないという気持ちを持ちました。それまでずっと働いてきた人が、退職を機に、家に閉じこもってしまうのは本人にも社会にも良くありません。現在の社会にはそんな方々が多いのではないでしょうか。長年培った素晴らしい経験と能力を、社会に役立てるお手伝いをしたいと思っています。また、今後の夢ですが、歳を重ねても美しく健康であり続けられたら、女性にとってこれほど嬉しいことはありませんよね。是非、多くの女性がずっといきいきと輝いていられるような活動も始められたらいいな、なんて考えています。今後も年齢にとらわれず、自分にできる社会貢献をしていきたいですね」

■シンポジウム『これでいいのか現代医療!』(司会:石川真澄)10月24日(土)13~17時/法政大学市ヶ谷キャンパス【問】NPO法人国連支援交流協会メディカル市民フォーラム(四角) 03-5701-3624

 

PROFILE/石川真澄 (いしかわ・ますみ)

1949年生まれ。'68年に日本航空に入社し、客室乗務員として40年間勤務。その乗務時間は2万8千時間に及び、地球560周分、月と地球を29往復した距離に相当する。'08年に退社後は、ハワイのロングステイやウェディングを手がける株式会社夢時を設立。他、企業での接客術やマナーに関する講演活動、また『リタイアメントジャーナル』にエッセイを連載するなど、幅広い分野で活動を展開している。


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