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~第15回~ 新旧交差点 マイタウン荻窪 2008.03.21
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 西暦1606年、徳川家康が江戸に幕府を開いて間もない頃、江戸城築城に使う石灰を青梅から運搬するための「青梅街道」が開通した。そして400年後の2006年5月に全線開通した「環状8号線」。その新旧2つの道路が交差するところに今回ご紹介する街『荻窪』が位置する。

 地名の由来は奈良時代に一人の修業僧が観音様をおぶってこの地を通った際、急に足が止まり「この地に縁があるのでは?」と周囲に自生していた「オギ」(イネ科植物)を刈り取って、お堂を作り観音様を安置し「荻堂」と名づけた、周辺が窪地であったため「荻窪」と呼ぶようになったそうである。今でも「光明院」は地名発祥由来の寺(写真右)として知られている。

 街の中心には荻窪駅があり、今も昔も駅の周りには人が集まる、北口には終戦直後闇市ができ、その中に数店のラーメン屋が並んだ。後に青梅街道沿いに出店したのが「荻窪ラーメン」の始まりであり、そば屋からの転業が多かったためか鰹節や煮干からとった魚介系醤油味の店が多く、有名店として『春木屋本店』(写真右)などがある。南口には今や専門店までもがある「つけ麺ラーメン」。そのルーツである昭和23年創業『丸長』は今でも行列が途絶えない人気店で私もお勧めの店の一つである。

 青梅街道沿いには今年6月に建て替えオープンしたばかりの『杉並公会堂』がある。最高の音響環境を備え日本フィルハーモーニー交響楽団のフランチャイズホールでもある。近年、荻窪は「クラシックの街」として毎年春秋の2回『荻窪音楽祭』が開かれ、今秋も「第14回荻窪音楽祭」が公会堂をはじめ駅前や教会、病院ロビー、カフェなどでコンサートが開催予定である。

 話を江戸の初めに戻れば、家康が「本能寺の変」で明智勢から逃れ江戸に戻る途中、護衛にあたったのが伊賀衆。その頭領がかの有名な「服部半蔵」。江戸城「半蔵門」の名はその時の功績によるもの、さらに現在の荻窪2丁目周辺、当時の下荻窪村を知行地として与えられ村を流れる善福寺川沿いには昭和の初め頃まで「忍ヶ谷戸(しのがいど)」と呼ばれていた一画があった。今では善福寺川に架かる「忍川橋(おしかわばし)」と言う名が、当時忍びの里であったことを思わせる。半蔵の面白いエピソードに、忍ヶ谷戸の農民達に「雨が3粒も降ったならば、野良仕事をやめ博打を打て!」と奨励し、それが噂となり諸国から人が集まり、半蔵は居ながらにして諸国の情報を集めたという。後に博打はお上の命によりご法度となり半蔵は国替えさせられたという。

 歴史と文化、そしてラーメンを味わえる荻窪へ、一度足を運んではいかがでしょう。

文と写真/YC荻窪

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