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神奈川県・保土ヶ谷区 2013.05.30
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旧東海道の宿場町「保土ヶ谷」を散策

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 約400年前、江戸時代に整備された五街道の一つ「東海道五十三次」。日本橋から京都間で53の宿場があり、江戸の日本橋を出た幕府の役人や参勤交代の大名、旅人が利用していました。古来、道中には風光明媚な名所・旧跡が多く、浮世絵や和歌・俳句の題材にもしばしば取り上げられています。
 今回ご紹介する「保土ヶ谷」は、東海道五十三次の四番目の宿場町として栄えた場所です。品川・川崎・神奈川宿を経由して、到着するのが保土ヶ谷宿。ちなみに日本橋からの距離は八里九丁(約33キロ)です。
 宿場が担う役割は、荷物の運搬に要する人馬などの継立や旅人の休泊施設の提供、飛脚の業務など。1601年(慶長6年)、武蔵国橘樹郡程ヶ谷(現在の神奈川県横浜市保土ケ谷区)に置かれた保土ヶ谷宿は、程ヶ谷町、岩間町、神戸町、帷子町の四町から成り立ち、役人や大名が宿泊する本陣を中心に、脇本陣・旅籠・茶屋が並び賑わっていました。
現在の国道1号沿いに史跡が残り、保土ヶ谷橋交差点付近にあった本陣跡、旅籠本金子屋跡、境木地蔵尊など当時を偲ばせる歴史の道は、ウォーキングコースになっています。
 また、保土ヶ谷宿から東戸塚方面へ抜ける際、坂権太坂(一番坂・二番坂)、焼餅坂、品濃坂と坂道が続き、旅の最初の難所であったと言われています。ちなみに、年始に行われる箱根駅伝では、旧東海道の権太坂は通りませんが、付近の国道1号の坂を権太坂と称し、往路2区の難所として位置づけられています。
 400年前に旅人が往来した歴史の道を散策してみてはいかがでしょうか。

 

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