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神奈川県・神奈川区 2013.08.21
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浦島太郎伝説の残る地 神奈川区

                                                  

 神奈川区は、「浦島太郎ゆかりの地」ということで、浦島太郎にまつわる伝説が残っています。日本全国、浦島太郎伝承地は150ヶ所以上あるとも言われていますが、その中の一つが神奈川の浦島太郎物語です。

【浦島太郎伝説】  

相模の国三浦の里に、水江の浦島太夫という人が住んでいました。太夫は仕事のため、久しく丹後の国へ赴いていました。その子の太郎が一日海に出て帰る際、浜辺で子供らにいじめられていた亀を助けました。太郎は助けた亀に連れられて「竜宮城」へ行き、乙姫様のもてなしを受けました。月日の経つのも夢のうちで、いつしか3年の歳月が流れました。

  父母恋しさに暇を告げたところ、乙姫様は別れを惜しんで、玉手箱と聖観世音菩薩を太郎に与えました。故郷の土を踏んだ太郎には、見るもの聞くものすべて見知らぬものばかりでした。ついにこの玉手箱を開きますと、中から白い煙が出てきて白髪の老人になりました。3年と思ったのが実は300年、すでに父母はこの世の人ではなく、武蔵の国白幡の峰に葬られてあると聞いて尋ねてみると、二つの墓石が淋しそうに並んでおりました。

  太郎は墓の傍らに庵を結んで菩薩像を安置し、父母の菩提を弔いましたが、この庵がのちの観福寿寺で、通称「うらしまでら」と呼ばれました。観福寿寺は明治5年に廃寺になり、現在は慶運寺に聖観世音菩薩像が安置されています。

  なお、浦島丘の蓮法寺には浦島太夫・太郎父子の供養塔や亀塚の碑があります。

  また、七島と大口通との境を流れていた川は浦島太郎が足を洗った川だということで、大口通に足洗川の碑があり、子安通一丁目には太郎が足を洗ったという井戸があります。

  これらゆかりの地は、京浜急行子安駅下車にて、徒歩10分ぐらいの場所に位置しており、付近には昭和の香り漂う横浜3大商店街の一つである大口商店街があり、浦島太郎伝説めぐりのもう一つの楽しみになること思います。是非一度散策にいらしてみてはいかがでしょうか。

 

 

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