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神奈川県・川崎市 2014.09.02
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大山街道(県道14号線)に
面する溝口で一番古い商店通り

 

 大山街道とは江戸赤坂御門を起点として、雨乞いで有名な大山阿夫利神社(神奈川県伊勢原市)までの道です。東海道と甲州街道の間を江戸へ向かう脇往還(五街道など本街道以外の支街道で、休泊機能の備わった道)として、「厚木街道」、「矢倉沢往還」等とも呼ばれてきました。

 今回は大山街道の溝口地域の紹介をさせて頂きます。
 江戸時代中期には庶民のブームとなった「大山詣り」の道として盛んに利用されるようになりました。宝暦年間(1751年から64年)でなんと年間20万人!が参詣したそうです。多くの参詣者が行き交うようになり「大山街道」と呼ばれるようになりました。この大山街道は渡船「二子の渡し」で多摩川を越えていたため、溝口と隣接する二子は共に宿場町として栄えることになります。

 江戸時代後期には、厚木方面からの荷物が大山街道経由で溝口まで運ばれました。主な物資は駿河の茶、真綿、伊豆の椎茸、相模川のアユ、秦野の煙草などが流通し、百万都市の江戸へ発送されるのみならず、継立村内にも売りさばかれ、小規模な金融を行う質屋や交通のための人足労働者が集まるようになり、大山街道と府中街道が交差点であり、商業および物流の中継地点としても発展し、いち早く貨幣経済が浸透したそうです。

 現在もこの通りには江戸や明治時代から開業していた古い店が多く残っています。1770年(明和7年)頃には灰吹屋が薬屋を始め、大山街道唯一の薬屋として繁盛しました。創業240年現在も営業中です。タナカヤ呉服店は明治44年に「蔵造り」といわれる建てかたで釘を使わず凹凸の組み合わせで材木を組んであります。その他にも当時の隆盛を彷彿とさせる建物や資料館もあります。大山街道は観光名所としても人気があり、毎年7月の最終日曜日の高津区民祭では多くの来場者で賑わいます。是非一度、散策にお越し下さい。

 

 

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