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神奈川県横浜市 2015.10.29
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歴史から紐解く六浦

  六浦は、鎌倉・逗子・横須賀・八景島など周りの地名が目立ってしまいがちな地ですが、私たちがあまり知らないだけで歴史ある場所だったりするのです。そんな六浦の歴史を少し紹介します。
 まず江戸時代では横浜で唯一の藩、「六浦藩」でした。甲斐の国に支配地を持つ武将「米倉氏」が藩主であり、ご子孫は六浦藩の本拠地六浦陣屋跡地に今でもお住まいだそうで、テレビ番組でも取り上げられた事があるそうです。
 そして、横浜市金沢区の六浦、現在の金沢文庫・金沢八景駅付近から鎌倉へといたる道は六浦道と呼ばれ、鎌倉の外港として栄えた六浦湊と鎌倉中心部とを直結する重要な道だったそうです。その途中にある切通しは鎌倉時代にたった一夜で切り開かれたという伝説もあります。そんな云われのある切通しが、六浦の朝比奈という地名にもある朝夷奈(朝比奈)切通しなのです。金沢・六浦は風浪を防ぐ良港だったため、鎌倉とを結ぶ重要な道が必要とされ切り開かれました。朝夷奈(朝比奈)切通しの完成によって、鎌倉と六浦の結びつきはさらに緊密となり、六浦は関東各地からの物資の集散地として発展しました。また、六浦は製塩地でもあり、塩も他の商品とともに鎌倉へと運ばれていき、ときには中国からの貿易船が到着し、書物や陶磁器なども六浦に陸揚げされたそうです。
 私自身六浦の出身ではないのであまり歴史を知る機会がなかったのですが、教科書では知ることのなかったこの地の歴史を知り、歴史上重要な役割を持っていた事を知り、六浦に更に愛着を持つことができました。自身の身を置く地の歴史を知るのはなかなか楽しいものですね。

 

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