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編集部だより

なぜ、山で食べる弁当は旨いのか? 2008.08.03
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 先日、日光白根山に登ってきた。標高2587メートル。関東以北では一番高い山である。菅沼登山口から白根山山頂、そのまま前白根を通って湯元まで下るルート。梅雨明け時期をだいたい予想して登山日をだいたい決めたのだが、週間天気予報はだいたい雨マーク。過去の統計をだいたい調べた私の努力はだいたい無駄だった。そう、オレの人生はだいたい裏目裏目…。だいたいって、よくよく声に出してみると不思議な言葉だな。

 と、もはや人生を諦めかけていたところ、当日はとてもよい天気に恵まれた。何も思い当たる節はないのだが、おそらくとても良い行いをしたのだ。困っていた何かを助けたりしたに違いない。これからは晴れてもらうために困っていなくても無理無理に助る所存であるから、皆も快く助けられるがよろしい。

 日光白根山はたいへん美しい山で、当然人気も高い。歩いている途中にはあまり人に出会わなかったが、山頂は大にぎわいである。その狭さを考えれば、真夏の野球の試合が終った時間帯にちょうど乗ってしまった電車での「も、ちょっ…モォ~」に匹敵する。熱気という点では、さすがに森林限界を超えるだけあって、下とは10度以上も違って断然快適。しかし岩だけで構成された2587メートル地点、生命の存続を意識する点では電車を凌ぐ。満員の電車はできれば二度は味わいたくないが、この山頂なら何度でも味わい…。味わう? 

 味覚というのは激しく主観的で一般論では語れない性質のものである。うまいご飯というテーマで話せば、喧々諤々、百家争鳴、答えは出ない。なぜ、こんな事を考えたかというと、山頂で食べたお弁当があまりにも美味しかったからだ。宿に用意してもらったものだが、おにぎりの塩加減、漬け物の漬かり具合、唐揚げの揚げ具合、卵焼きの卵具合…もう旨いったらない。このお弁当を食べれば、もはや山頂に登ったも同然である。

 そこで過去を振り返り、記憶の中から印象に残る味を列挙してみる。白いご飯、完熟マンゴー(沖縄の)、ノドグロ…。もっと詩的には母のつくったお味噌汁、妻(当時はまだ妻ではない)の家族とともに最大級の緊張の中で食べた何か。幼い時兄からもらったコカ・コーラ、ばあちゃんに作ってもらったスイトン…などであろうか。このうち、マンゴーとノドグロとコカ・コーラは、初めて食した時の衝撃が凄まじかったために覚えているものである。そう考えると初めての食べ物はたいてい旨いのではなかろうか。王将餃子、喜多方ラーメン、焼肉、マヨネーズ。マヨネーズとウスターソースとケチャップを混ぜたソースを知人のうちで出された時は「革命だ!」と思ったほどだ。しかし、これらの食べ物は、今食べても旨いと思うのだが、記憶の中で強化され「あの時の」味にはどうしたって勝てない。

 うむ…これでは埒があかないので「初めて系」と「思い出系」は除外することにした。すると……白いご飯しかないではないか! 本当にそれでいいのか? これまでの人生だゾ。何かこう、もっと…言いニクいのだが、ビーフ…ストガロス、スノガラシコフ、スノガロトフビッチみたいのがあるのではないのか!  つづく


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