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編集部だより

つまり、キャンプとカレーは最強なのだ 2008.08.10
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前回の続き

 一週間考えてみたが何も分からない。ネクタイがないと入れないような場所は最初からお断りしてきたし、ビーフなんとかよりも自分で育てた野菜の方が旨い。キャンプで作るカレーは抜群だ。疲労の果てに辿り着いた山頂でおにぎりを頬張れば、そこはもう御殿である。自分で育てた野菜を使って山頂で作ったカレーを食べた日には「ホッジ予想」をブツブツ証明するかもしれない。

 ここで私は大きな思い違いに気づいた。食べ物がおいしいのは、それをどこでどのような状況で食べるかによるのだ。そうだ!あの日皆で食べた、草を食む緑色の愛らしい何かはプライスレスなのだ!

 そうすると色々な疑問が解決する。どなたの至言であるか私の記憶容量では思い出せないが、『空腹は最高の調味料』『ご飯は大地に近い方がおいしい』というのがある。山頂で食べるお弁当が旨いのは当然の話なのだ。しかし私はここにもう一つ、考えればとても当たり前のようなものだが、付け加えたい。

 私は料理を作ることが嫌いではない。グツグツと煮える鍋に、異国の各種調味料を混ぜたりして予測不能な色と香りにワクワクしたものだ。ダシをとることも好きで、乾燥したものはだいたい何でも煮てみた。カワハギ、鮭冬葉、姫タラ、ジャーキー、サラミ。主にスーパーで売っている比較的安い、酒のつまみである。貝柱のような高級品はうらめしそうに眺めてやり過ごそう。また、お米を炊いては温めるだけのレトルト食品を片っ端からかけてみた。お米にくたびれると、うどん、ラーメン、パスタと試した。しまいにはラーメンに粥をかけたり、パスタにおでんをかけてみたりと、今思えばどうかしていた。

 ただ、これにはもちろん理由があって、およそ学生は貧しいのである。お金がないからさまざまな工夫がうまれるし、それを楽しむ健気だが飽くなき探究心が育つのだ。本当の貧しさを知らないからこそできたのかも知れないが、試行錯誤の果てに生み出された食べ物は、もはや芸術の域にあった。いつの時代も新しい何かを生み出すチカラは「渇き」にこそある。

 ところが、楽しいのはここまでで、食べるとなるとわずか5分。一人でビデオ屋さんおすすめの作品を観ながらの簡単な食事だった。食べるというよりも栄養摂取だった。

 つまり、美味しい食事には「一緒に食べる相手」が欠かせないのだ。考えてみれば、味噌汁が旨いのは母が作ったからだし、コカ・コーラが旨かったのは兄からもらったからだ。スイトンはばあちゃん味だった。旨いものの側にはいつも大切な誰かがいた。山頂でお弁当を食べた時には妻がいてくれた。月並みで手あかまみれの結論かもしれないが、ご飯とは「空腹」「大地」「相手」が揃い、しかもそこに自ら育てた肉や野菜、釣った魚などが加わり、自ら調理することで倍増する。集約するとキャンプのカレーになってしまうが、まずはベランダでも公園でもいいから、誰かと一緒に屋外で食べることをおすすめしたい。


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