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編集部だより

遠い記憶 2008.09.21
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 小説好きを公言して憚らない私ですが、実はそれ以上に好きなものがあります。それは…、漫画です。初めて漫画を読んだのがいつなのかもわからないほど、物心つく前から読んでいたと推測されます。なぜならば、私のおぼろな記憶の中に、その体には少し大きすぎる雑誌…、少女向け漫画雑誌『りぼん』が見えるからです。

 まだ文字が読めないけれど、一日経つごとに新たな字を覚え、少しずつじりじりと読めるようになっていく…。当時りぼんと言えば少女漫画の金字塔で、私は主人公が男の子と手を繋いだだけで胸が熱くたぎり、部屋中這い回っていました(狂人)。もちろんストーリー展開なんてよくわかっていない。雰囲気だけで読み、雰囲気だけで泣いたり笑ったり、ライバルの仕打ちに憤ったりしていました。

 「きっといつの間にか、この文字が全部読めるようになっているんだ。そうやっていつの間にか、オトナになった自分に気付くんだ」

 と子どもながらに、甘酸っぱいことを考えていました。同じところを何度も読んだせいで紙は擦り切れ、白茶けていく。お気に入りのページは手を使わなくても勝手に開く。それぐらい読み込んでいました(字も読めないのに)。

 幼い頃の写真を見ると、これから旅行へ出かけるところなのでしょう、新幹線の前で母と兄と私が手を繋いで、仲良く映っています(撮影者はおそらく父)。その私の手に、大事そうに握られている『りぼん』…。旅行に連れて行くほどまでに(あえての擬人化)、お気に入りだったのでしょうか。

 『りぼん』にお熱を上げる一方、私は兄の影響で、少年漫画にも深い造詣を持っていました。少年向け漫画雑誌『ジャンプ』の黄金時代を築いたと言われる、ドラゴンボール、スラムダンク、幽遊白書など、私はとても大好きでした。兄とジャンプを奪い合い、二人並んでテレビにかじり付く日々(ジャンプはアニメ化がさかん)。

 特にドラゴンボールへの熱の入りようは壮絶でした。当時私が住んでいた地域では、毎週水曜日の夜七時から三十分という放映スケジュール。その時刻になるとどんな暴れん坊も家へ引っ込み、子どもたちはご飯を飲み込むのも忘れて見入っていました。
私は当時ピアノを習っていて、夕方五時から一時間練習することを母親から義務付けられていました。その頃の母親というのがもうまさに鬼で、私のピアノの下手さを凄い形相で注意してくるわけです。怒号は飛ぶは布巾も飛ぶわ。私は泣きながらピアノと向かい合っていたのですが、母親の熱中ぶりから、ピアノの練習は六時半や七時にまで延長されることもありました。

 そう、その日も…。ドラゴンボールが放映される日も、ピアノの練習は延長戦へともつれこんだのです。

 ピアノを弾く私を母が後ろから見張りながら、その後ろからは悟空やべジータの声が聞こえてくる。テレビに集中している兄は、母の怒鳴り声をうるさく思いながらも、母が怖いのでとにかくテレビの音を聞き漏らすまいと耳を凝らしている。確か『ナメック星』編に突入した辺りの、ドラゴンボールの中で一、二を争うとされる面白い局面だったように思います。私は母の怖さとテレビ見たさにやりきれなくなり、目の端に涙を浮かべました。何とかして見ることはできまいか…。

 ピアノの黒光りする本体に反射させて、テレビ画面を見ることに成功!

 クリリンと悟飯がうっすら映ってる! あっ、フリーザが!

 私の後頭部にクッションが飛んできました。

 「ピアノに映った私の顔を見て機嫌を伺ってたわね!?」

というお門違いの言い掛かりをつけられ、私は母にますます怒られることとなりました。理由は違っても、結局怒られるわけですね。

そういえば、漫画の話でしたね。

例の『りぼん』、私が字を完璧に覚える前に、母の手によって捨てられていました。
なーんだ。まぁ仕方ないやな、と子どもらしからぬ感想を抱いたことを覚えています。


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