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編集部だより

高尾山紀行 2008.11.29
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 もうかれこれ20年以上も前になるだろうか。東京には祖母の家に遊びにいく以外に訪れることはなかった時代。自意識多少過剰な多感な時代。高尾山に出かけた。多感な頃と高尾山とはあまり一致しないのだが、問題なのは高尾山に行くまでには、東京という大都会、オシャレなパリジェンヌが闊歩し、ウォール街でスマートなビジネスマン&ウーマンがランチする東京に足を踏み入れることにある。あくまで多感な少年のイメージである。とにかく、そこはオシャレで最先端であった。当然だが、少年はそこにふさわしいファッションを所望するのだが、ファッション売り場はニチイ(当時)である。ニチイは衣料品から食料品、雑貨と何でもそろう地元に愛される素晴らしい施設だ。ただ東京という地域とは別の進化を遂げた斬新さがあった。少年は妄想の赴くままに、ブルーの得体の知れない…アバンギャルドな絵柄の入った、アロハ風シャツを購入してもらった。そして「これで俺も東京になった」と思い込でしまった。東京に憧れる少年少女であれば、雑誌や何かで東京の情報を集めるのが通常だが、私はそんなこと一切しない。自らの感性を信じる子だった。ところが、

 家族とともに東京に降り立ち、祖母の家に向かうまでの間に見た光景は私を驚愕とさせた。

 「柄がない」

 行き交う人々が着ている服はどれも柄がないもので、シックだった。言い方を変えれば地味だった。質の良さそうな生地とすっきりとしたシェイプ。渋谷や原宿には、もしかしたら私のような服装をした人がいたかも知れないが、そう言って自分を納得させるのはやめよう。そんな服を着た人間は皆無だった。私は異国の、しかも熱帯気候の国に憧れた国から来日した人だった。その時ばかりは恥ずかしいと思った。今思えばバカだなぁと笑えるのだが、少年にとってはショッキングな出来事だった。完全に浮いていた。本当にいたたまれない気分だった。東京はオソロシイところだという思いと、案外普通だと感じたのもその時だった。一瞬でもニチイ(当時)に疑念を抱いたことをここでお詫び申し上げたい。

 それから実に久しぶりに高尾山に出かけた。当時、将来こんな人になりたいという願い事をしたはずだが、叶っていないのでお礼はしないでいた。自分の努力不足からは、完全に目をそらしている。

 高尾山には朝8時に到着。紅葉シーズンということで、分かってはいたのだが、たいへんな混みようだった。言うほど紅葉ではなかった上、要所要所に必ず売店があって、まるで観光地であった。当時のなんとも厳かな雰囲気(だったと思うのだが)はあまりなかった。山頂まで歩き、富士山の素晴らしい雄姿を眺め、引き返すかどうか迷った。引き返さないというのは、高尾山に骨を埋める覚悟でそこの住人になるというのではなく、あの混雑を歩くのが億劫になったのだ。そこで目に入ったのが「相模湖」の文字。知らなかったのだが、歩いて相模湖まで1時間半ほどで行けるのだそう。これは有り難いとばかりに、そのまま相模湖まで。予定外にいい山歩きになった。高尾山の名誉のために言っておきますが、山歩きをする人には、交通の便、歩きやすさなど諸々を考慮すると、たいへん良い山なのです。近所にあれば毎日でも歩きたいと思う。

 相模湖で小さな女の子が「くさいし汚い」と身も蓋もない、しかし素直な感想を述べていた。相模湖の名誉のために何か言いたいのだが、相模湖についてあまりしらないし、小さな女の子の無邪気な独り言なので、笑っておくことにして、今回は筆を擱(お)くこととする。合掌。


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