アクティブなシニアライフを応援する情報サイト

素敵に年を重ねる’あなた’のための応援サイト
Home

文字サイズ変更

  • 標準
  • 大

はいからCHANNEL インターネットTV
はいから大人の部活
遺言アプリ100年ノート


メディアのご紹介

  • 季刊誌はいから
  • 新聞はいからエスト

編集部だより

『おくりびと』アカデミー賞受賞と 父が亡くなって思うこと。 2009.03.06
Share
私事で恐縮だが、今年1月父が他界した。享年78歳。
とても元気だった父が昨年9月に体調を崩し10月の精密検査で肺気腫とわかり、酸素チューブを日常的に付けて酸素吸入をしないと、生きて行けないという状態になった。
そんな状態だが、家の中で静かに過ごせば自宅で生活していけるという事もわかった。
しかし、自由に外出が出来なくなった事、肺気腫は悪くなることがあっても治ること事はない事、 肺炎になると命にかかわる事など、活動的だった父にしてみれば、かなりの事をあきらめなくてはならないことは、とても辛かったことだと思う。
そして、私が、また来るわ!と言って東京に戻った2日後に父は天国に旅立った。
父が体調を崩してから、わずか3カ月後のできごとである。
そんな状況だったので、父とかわした最期の言葉は覚えていない。 
 
父は体調を崩す前まで、地域の老人会の会長や大学OB会の支部長をやっていたので、 弔問には、多くの友人・知人が参加して下さった。父の人徳だと思う。
特に地元のおばさんやおばあちゃんに人気があったらしく、おじさんがいなくなって淋しくなるわ! と数人のおばさんに声をかけていただいた。
そして、先日49日の法要も終えたばかりのころ、『おくりびと』アカデミー賞の受賞ニュースが TVから流れていた。
この映画は納棺師という仕事を通して死生観を学んだり、死生観を考えるさせるきっかけを 与えてくれる映画に思える。そして人種や文化、宗教を超えて世界に認められたこと。
死者に対する尊厳の気持ちは、世界共通なんだ!ということを日本の文化、様式を通じて 地球の裏側の人たちとも共感できたとことは、一人の日本人としても誇りに思えた。
ありがとう『おくりびと』
 
もう一度、父の死とは何だったのか?と思う。
 
今から思うと、父も長くは生きられないかもと感じた瞬間があったのではないかと思う。 6年前に他界した母、そして今年1月に亡くなった父。
二人とも、何も言わずこの世から去って行った。それって子供からすると悲しい思いが
するのではないかと思う。親として子供たちに残す『最期のメッセージ』くらいあっても
良いのではないか!と思う。それは子供のわがままかもしれないが。
こんな気持ちを伝ええるとても素敵な歌があるのでご紹介します。
是非、一読して下さい。
 
 
歌手:樋口了一
題名:手紙 ~親愛なる子供たちへ~

 
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
 
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えてたように見守って欲しい
 
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
 
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
 
悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向け欲しい
 
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
 
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
 
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
 
いずれ歯も弱り飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
 
足も衰えて立ち上げる事すら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい
 
私の姿を見て悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
 
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
 
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたたい
 
私の子供たちへ
愛する子供たちへ

Back PageTop

  • 会社案内
  • プライバシーポリシー
  • ご利用規約
  • お問い合わせ
  • 広告掲載のご案内