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編集部だより

親子の不思議・その2 2009.05.01
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(続き)

 

…わたしの母もこの本の存在をもちろん知っていて、この本についての話題を何気なく出した途端(本当に他意はなかったのです)、ちょっと不自然なほどの勢いで「でも、わたしは違うでしょ!?」と言ったのが、とても印象的でした。

 

そのとき初めて知ったのですが、母は母で、娘の重荷にならないように…、とつねに気を使っているみたいなのです。なので、わたしにとっての母は、『…墓守娘の嘆き』に出てくるようなケースには当てはまらないと思います。

 

ただ、家族に対する責任みたいなものは誰にでもあると思うので、それが人によっては「愛情」、「重荷」と姿を変えるのかも…? 突き詰めて考えていくと、「愛情」とは何なのかという人類の永遠のテーマにぶち当たり、思考の袋小路に陥ります。
 
身内の恥をさらしたところで、話は婦人公論に戻ります。
『…墓守娘の嘆き』の著者である信田さよ子さんと、すでに漫画家として神格化されている萩尾望都さんが、この特集で対談をされていました。


何を隠そう、わたしは大の萩尾望都さんファン。『モー様』の世界なのです。
『ポーの一族』『トーマの心臓』など、もはや少女漫画というカテゴライズではしっくりこない、これぞ芸術作品だ! という名作を次々と生み出し、今もなお、ジャンルを問わず最前線でご活躍されている素晴らしい方です。
 
1992年から2001年まで連載され、1997年、第一回手塚治虫文化賞優秀賞を受賞した『残酷な神が支配する』、ドラマ化もされた『イグアナの娘』など、萩尾さんの作品ではよく『親』、特に『母親』というものの存在が象徴的に描かれています。

 

子どもを自分の言う通りにしようと、効果的に『愛』を持ち出す母親…。母親はそれをどこまで自覚しているのか? 自分の体から生まれてきた子どもを、本当に母親は『別の人間だ』と言い切れるのか? わたしにはまだ子どもがいませんが、もし自分に子どもができたら、その子を自分の一部だと錯覚しないという自信はありません…。多くの母親は無自覚に子どもを利用しますが、その中に愛がないわけではないので、またややこしくなるのでしょうか。束縛し、支配することを含めて「愛」と言うのでしょうか?
 
うーん…難しい。
生きている間に答えが見付かるのかどうかわからないほど、難解な問題です。
ただひとつ言えるのは、萩尾望都先生が偉大だということです。
 

(終わり)


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