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編集部だより

青春のおわり 2011.08.19
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ハリー・ポッターシリーズがこの夏、ついに完結した。

映画の第一章を初めて観てから、10年の年月が流れた。10年! 

 

原作から入った私は、第一章から最終章まで映画を撮り続けることは無謀だと思っていた。現に続きものであるがゆえに、どうしても盛り上がりに欠ける回がある。

私自身、第四章あたりで映画鑑賞をストップしていた。


しかし、興業収入の低迷や、「ハリー・ポッターと監督交代」(第一章〜第三章はすべて違う監督)、そして、キャストたちの成長に映画が追い付かずキャストの総入れ替えを行おうとしたこと(原作者の強い意向により変更なし)等、モロモロの問題を乗り越え、ついに最終章までこぎ着けたのだ。

この映画は壮大なファンタジーであると同時に、ハリー・ポッター役のダニエル・ラドクリフ始め、彼らの成長の記録でもある。


観るたびに「まぁ、こんなに大きくなって…」と感慨深い気持ちになっていた。

あんなに可愛らしい少年だったダニエル・ラドクリフは、今や政治についても語る立派な青年だ。感慨もまたひとしおである。
 
原作の最終巻を読み、一巻から張ってあった伏線を回収した大どんでん返しに衝撃を受けた私は、「これを映像で観たい」と再び映画を観始めた。
原作を読んでいると、いつしか頭の中では登場人物がみな映画のキャストに置き換えられるようになった。メディアミックスの成功例だと思う。


そしてついに、ついに、ついに、待ちに待った最終章(二作に分けて公開)。

見慣れた題字、お馴染みの音楽が流れるだけで感無量、涙が溢れそうになる。

これで本当に終わりなんだ…。

第一作を劇場で観たとき、私は高校生。私の青春の象徴でもあるのだ。
自分の成長とキャストの成長が重なる。もはや彼らは私にとって他人ではない。
 
ハリー・ポッターシリーズに出ている限り、他の作品のオファーをほとんど断らなければならないとダニエル君が嘆いていた。

ハーマイオニー役のエマ・ワトソンは、トレードマークの長い髪を10年も貫き、最終章を撮り終えた直後ベリーショートにした。

本当は、やめたいと思ったことも何度もあると思う。


何やら色々と込み上げて、冒頭から涙腺が破壊された。


初期は頼りなかった少年が強く逞しく成長した姿や、ずっと親しんできた人たちの哀しい最後、そしてある人物の秘密が10年越しに明かされる…。ああっ!

映画は原作に敬意を払っているので、ほぼ忠実に再現されていた(万歳!)。

エンドロールではしばらく呆然としてしまった。


ハリー・ポッターシリーズの終了と共に、私の青春にもひとつの区切りがついた気がした(大袈裟か)。

リアルタイムで観ていなければ、こんなにも入れ込むことは出来なかったと思う。

たとえば完結してから、最初から最後まで通して作品を観たとしても、今のような感慨も感動も得られないだろう。

 

一緒にハマっていた友人が次々と離脱していく中(私も離脱しかけたが)、

本当に最後まで観ることが出来て良かった。
 
しかし最終章は、あろうことか3Dの日本語吹き替えで観てしまった(感想:特に3Dである必要はなかった)。

本人たちの生の声で、もう一度作品を観るという作業が、私には残されている。

だから、私の中ではまだ終わっていない。


…と自分に言い聞かせ、作品が終わってしまったことの寂しさを噛み締めている。

 


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