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編集部だより

2011年が終わります 2011.12.28
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今日は今年の仕事おさめ。
会社の大掃除をし(自分の机が一番の難敵)、2011年の仕事を締めくくる。

しかし私、自分の家の大掃除もしていない。
今年こそは、と思っていたらいつの間にか今日になっていた。
しかも明日からすぐ親戚の家へ旅立つので、もう暇がない。
その親戚…と言っても兄だが、兄の家は新幹線と電車を乗り継ぐ辺鄙なところにあるので、往復が面倒だが、愛しい姪が待っているのでエンヤコラである。
もう自宅は2011年のすべての汚れを蓄積させたままで年を越そうと思う。

 

以前会ったとき、姪はまだ首のすわっていない、寝返りも打てない、移動するときはだっこかベビーカー、お腹がすいたらママに母乳を飲ませてもらう、何もかも人任せの子だった。いや赤ちゃんだったから当然なのだが。

 

しかし、子どもの成長は早すぎる。
首はとうにすわり、自分でスプーンを持ってものを食べ、何にも掴まらず立ち上がれるようになり、よちよちと自由に歩き回る。
自分の足で好きなところへ行けることがよっぽど嬉しいらしく、つねにちょこまかと歩き回っている。


自分に置き換えて考えてみると、誰かに運んでもらわなければどこにも行けない、しかもどこに行きたいかも伝えられないというのは、とてももどかしいものだろう。

我々大人は赤ちゃんが泣くと、「おむつかな〜」「お腹空いたかな〜」「御機嫌ナナメだね〜」などと考えるが、それがてんで的外れなときもあるだろう。
ただ、鼻の頭がかゆいだけのときもあるかもしれないのだ。
私だったら、鼻の頭がかゆくて仕方ないのに自分では何もできなかったら、やはり泣く。しかしそこで鼻の頭を掻いてくれる大人がどれぐらいいるだろうか。
 

意思表示がわかりやすくなってきたのは、ママを始め周りの大人たちは助かるだろうなぁと思う。


しかしどんどん、気が抜けなくなってくる。
私は子どもの頃父親の煙草を食べて病院送りにされたが、姪も自由に動き回れるようになった今、何をしでかすかわからない。


はしゃぎすぎてテーブルの角に頭や顎をぶつけたりすることはしょっちゅうだ(だが泣かない。テーブルの角をバシバシ叩いて怒りを表現している)。
先日も子ども向けの室内用自転車のサドルに立ち(グラグラなのにドヤ顔)、期待通りタイヤを滑らせて見事にひっくり返った(だが泣かない)。

 

あんなに大人しかった子がどんどんオテンバになっていく。
少しずつ、おしゃべりも始まってきた(私にはフランス語に聞こえる)。
こうして目を見張る速さでどんどん成長していくのか…そして気付いたら小学生やら中学生やらになったりしているのか。
そして私にお金やモノをねだったりするようになるのか。(ちなみに来年、私はお年玉デビューを果たす。)


そんなに急いで大きくならないで、と思ってしまう。
でもまぁ、姪ッコが幸せならいいや。どうか幸せな人生を送れますように。
 
タイトルとまったく関係ない内容になりましたが、
皆様、良いお年を。
来年もまた、「はいから」をよろしくお願い申し上げます。


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