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芸能人インタビュー

ミュージカル女優・前田美波里が軽やかなステップで歩む、人生という名の舞台! 2011.02.21
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舞台こそが私の居場所。
喝采を浴びるたび、何度でも息を吹き返す!

 

 

資生堂のキャンペーンガールとして鮮烈な印象を残し、

一世を風靡した前田美波里さん。「芸もないのに名前ばかり売れてしまって…」と、

意外なこと言う。実力と人気を兼ね備えた今、

太陽のような笑顔だけは当時と変わらず、ミュージカルで全国を回っている。

 

 

■ミュージカル女優・前田美波里が舞台に立ち続ける理由

 

 扉が開いた瞬間、部屋の空気が変わったようだった。「今日はどうぞよろしくお願いします」。良く通る声、アスリートのような肢体、優美な立居振舞い…。舞台人としての誇りと実力を、全身で体現している。
 「どんな要求にも応えられる肉体を維持するため、つねに鍛えています。でも、特別なことはしていないんですよ。少し体を動かして汗をかく。それはピアノの調律のようなもの。何十年もずっと続けている日課なので、やらないと自分がスッキリしないってだけ(笑)」

 

 それにしても、62歳とは思えないほどの美しさ、若々しさだ。
 「今どきの60~70代は、世間が思っているよりずっと若いですよ。周りの人がお年寄り扱いし過ぎなの」と、肩をすくめる。

 

 「ただ、恐い年齢になったな、と思うことはありますね。注意してくれる人が減っていくんです。友人でも家族でも仕事関係でも、自分に厳しいことを言ってくれる人がどれだけいるかって、とても大切なことですよね。それがなければ、成長できない。私は若い演出家の方には、『遠慮せず、ズバズバ言ってください』とお願いしていますが、本当に言われていますよ(笑)」

 

 歌、踊り、芝居。美波里さんの舞台は実にエネルギッシュで、前向きなパワーに満ちている。
 「私はお客様からパワーを頂いています。惜しみないアプローズ(喝采)を贈って頂いたとき、ああ、今舞台で生きていて良かったと、心から思います。
 昔からずっと愛してくださる温かいファンの方々が、公演の場所が遠くても足を運んでくださいます。中にはお体を悪くされた方もいらっしゃって、娘さんやお孫さんが、その方を連れて来てくださるんです。『たとえボケても、美波里さんの舞台は観る!』って聞かないんですって。私はフィナーレでようやく客席を観ることができるんですけれど、その方々を見つけると涙が出てしまって…」

 美波里さんは、大輪の花のような笑顔を浮かべた。

 

 「求めてくださる方がいる限り、私は演じ続けますよ!」
 舞台に立ち続けること。それは彼女の存在意義であり、息子への誓いの証でもあった。

 

 

 

■良き母親でいられなかったからこそ、息子に恥じない生き方を

 

 

 美波里さんは幼い頃から踊ることが好きで、クラシックバレエやモダンダンスの教室に通っていた。東宝ミュージカルで初舞台を踏み、18歳には資生堂のキャンペーンガールに抜擢。水着姿の鮮烈なポスターが話題を呼び、本人の思惑とは別に、世の中に名前が轟いた。街を歩けば「あ、資生堂」と指差される。大きな波に呑み込まれたようで、恐怖すら覚えた。20歳で結婚すると、芸能界と決別した。

 

 清々しい気分で家庭に入ったはずだった。しかし数年後、美波里さんは思い知ることになる。舞台の上でなければ、呼吸すら満足に出来ない自分に。肉体を使って表現することを、体が、心が、魂が求める。

 

 「本当にこれでいいのか、もっと他に方法はないのか…。

 

 散々悩み、葛藤した末に、離婚しました。まだ三歳の息子を置いて、ひとりで家を出たんです。舞台という厳しい世界で生き残ることと、家庭を守ることの両立は、不器用な私には難しかった。
 せめて息子に恥じない生き方をしよう。それだけを思って、進み始めたんです。もし当時に戻れたとしても、私は同じ選択をすると思います」

 

息子に誇れる人間でありたい―

 仕事に復帰した美波里さんは、必死だった。「待っていても仕方ない!」と、自ら劇団四季の『コーラスライン』オーディションに応募。森英恵さんのファッションショーのモデルを始め、他の仕事はみな断り、自分のすべてを賭けた。もう後には引けない。すでに有名だった美波里さんの行動に、誰もが度胆を抜かれた。主役に狙いを定め、並々ならぬ気合いと覚悟で臨み…、

 

 見事に落ちた。

 しかし、転んでもただでは起きない。必死に頼み込み、稽古だけは受け続けたのだ。
 そんなある日、演出家の浅利慶太さんに呼び出された。
 「『コーラスライン』では開始10分で出番の終わる役があります。あなた、やりますか? すでに名の売れたあなたに、出来ますか?」
 「もちろんです!」
 即答である。その結果、なんと別の大役を射止めた。美波里さんは試されていたのだ。

 「人一倍努力して、やっと人並み。それほど不器用な私でも、諦めずに努力を積み重ねていけば出来ることがあるんだって、自信に繋がりました。これまでは、誰かが取ってきた仕事をやるだけで良かった。でも初めて、自分の力で役を勝ち取ったんです。これを機に、人生が大きく変わりました」

 

 ようやく念願の舞台に立つことが叶った。フィナーレでは胸がいっぱいになり、涙が止まらなかった。これまでの厳しい稽古の日々と、息子の顔が脳裏をよぎる。
 『コーラスライン』は美波里さんの代表作となった。その根性が買われ、以後、劇団四季の客演として、さまざまな作品に出演。『アプローズ』では主演を果たす。美波里さんはミュージカル女優としての地位を確立した。

 

 

■孫の一言で見付けた、新たな可能性…歩みは止まらない

 

 「60になるまではとにかく無我夢中。今になってようやく楽しんで演じられるようになってきたと思います」
 離れて暮らしていた息子の真木蔵人さんも、今や二人の子どもの父親。美波里さんは仕事の合間を縫い、千葉に住む息子さん家族に会いに行く。

 「私にとって彼らはエネルギーの源です。特に孫は、可愛くて可愛くて…」
 表情が途端に柔らかくなる。

 

 近年は舞台だけでなく、テレビドラマなど、映像の世界でも精力的に活動する美波里さん。そのきっかけはなんと、孫の一言だった。

 「まだ小学校に入る前の孫が、私の家に遊びに来たんです。私は息子が出演している映画を集めているんですけれど(笑)、それを見せたら、『パパ、かっこいいのね~』って釘付け。その一言でハッとしちゃって。

 

 私はこの子に何を残してやれるだろう、と。たとえビデオで録画したとしても、舞台は残せないの。舞台はその場に居るお客様だけのもの。ズームになったり遠くなったり、観客の目というカメラは自在に動きますから。  それなら、映像の方で頑張ってみようと思ったんです。

 私はつねに進んでいないと、気が済まないの。自分の意志ならば、進む道の先に何が待ち受けていても、後悔しないはず」

 そう言ってニッコリ。人生の荒波を前向きに乗り越えてきた人にふさわしい、晴れやかな笑顔だった。

 

 

 

◎前田美波里さん主演舞台『アプローズ』、絶賛公演中!
【問】大阪/ブリーゼチケットセンター  TEL.06-6341-8888
   香川/アルファあなぶきホール  TEL.087-823-5023

 

■前田美波里 女優
まえだ・びばり 1948年神奈川県生まれ。'64年舞台デビュー。'66年に資生堂キャンペーンガールに抜擢され注目を浴びる。'79年の『コーラスライン』をはじめ、劇団四季や東宝の舞台を中心に活躍。主演舞台『アプローズ』にて第30回松尾芸能賞優秀賞受賞。


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