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夏号特集より~ナルホド! 『粋』小ネタ①~ 2007.08.03
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 歌舞伎や絵画、浮世絵や工芸など、現在、日本の伝統文化と言われるものの多くの形態が確立されたのが、江戸時代だと言われています。江戸時代は征夷大将軍徳川氏を中心として、武士階級が支配する封建社会でした。一般市民の身分制度は士農工商と呼ばれる階級制であり、武士が民衆を支配していました。そのような時代の中で、町人が武士と同席することができたのは、遊廓か料亭でしかありえなかったのです。

 遊廓というのは金さえ払えば四民平等の世界であり、このような場所は町人が町人のために構えたものだったので、武士が訪れて威張り散らすような筋合いはありません。しかし武家面する武士はおり、そのような武士は「野暮」と言われ、嫌われたのです。このように、遊廓では粋と野暮との格の違いがとてもはっきりしていました。では、粋と言われる人々は、どのような態度であったのでしょうか? ここでの粋は「イキがらないこと」。それが「通な人」というものだったのです。

 さて、ここで言う粋というのはもちろん「イキ」のこと。しかしご存知のように、粋という言葉にはもうひとつ「スイ」という読み方があります。「イキ」は江戸の町人の間で発生した美意識であり、その定義に至っては右にある通りです。また、「『いき』の構造」の著者である九鬼周造氏は、「イキ」には異性間の緊張がつねに存在していると述べています。それに比べて、「スイ」は上方の町人たちの美意識であり、意味も少し異なってきます。「スイ」が、恋愛や装飾などにおいて突き詰めた末に結晶される文化様式(結果としての、心中や絢爛豪華な振袖の着物など)であるのに対し、「イキ」は、突き放さず突き詰めず、絶妙なバランスを保つことによって生まれるとされているのです。

はいからは全国に無料で配布しています。

※送料のみ年間4冊分を1000円いただいております。

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