「文化・芸術は自分が携わるだけでなく、ひとりの観客としても数多く拝見しています。私が生きていく上で、なくてはならない心の糧です」
　凛々しい眼差しを向け、穏やかに語る若村麻由美さん。ＮＨＫの朝ドラヒロインとしてデビュー以来、多くの監督や演出家らと共に作品を作り上げてきました。今秋、70～80年代を中心に名作を手がけてきた、角川春樹監督の最新作『みをつくし料理帖』に出演します。
　「初めてお会いしたのが、角川春樹さん製作総指揮の『蒼き狼〜地果て海尽きるまで〜』（07年）に出演したときでした。今作の『みをつくし料理帖』が監督として最後の作品と話され、私たち役者はこれからも多くの映画を撮っていただきたいのですが…。しかし、それほど強い覚悟で望んだ作品だということが伝わってきました」
　江戸時代の大坂。澪と野江は仲が良く、「ずっと一緒や」と誓い合うものの、大洪水により野江だけが行方不明になってしまいます。それから10年。両親を亡くした澪は、江戸・神田の蕎麦屋で料理人となり切磋琢磨する日々を過ごしていました。
　主人公・澪を務めたのは若手注目株の松本穂香さん。『犬神家の一族』（76年）の石坂浩二さん、『セーラー服と機関銃』（81年）の薬師丸ひろ子さんなど、角川作品にゆかりのある豪華なキャストが数多く揃いました。若村さんは身寄りを失った澪を引き取り、親代わりとなって育てる大坂の料亭女将・芳（ご寮さん）を演じています。
　「大坂にあった料亭がなくなり、ふたりは江戸へ移り、苦難のなか肩を寄せ合いながら懸命に生きています。血は繋がっていませんが、互いを支え合う家族のような存在です」
　芳や江戸の人々に助けられ、料理人として成長していく澪。しかし、どんなときも野江の存在を忘れることはありませんでした。そんなある日、又次という正体不明の男を通じて野江の生存を知ります。しかし、彼女は吉原に売られ、幻の花魁という手の届かない存在になっていました。どんなに願っても会うことの叶わないふたり。若村さんは、今の私たちに通じるものがあると話します。
　「コロナ禍において、大切な人と会えないという辛さを多くの人が感じたのではないでしょうか。澪と野江のふたりは会えませんが、澪が心を込めて作る料理がふたりをつないでいます。
　人は誰かと関わりながら生きていく存在です。人と一定の距離を置くことが第一に求められる時期を体験した私たちだからこそ、生きていく上で必要なことを考えさせられる作品にもなった気がしています」
　緊急事態宣言後、多くの映画や舞台が中止や延期を余儀なくされました。若村さん自身も自粛を強いられ、今までの日常を振り返る時間を多く過ごしました。
　「これまで当たり前だったことが、決して当たり前ではないことを思い知らされました。
　映画で言えば、監督や演者だけでなく、公開に向けて奔走するスタッフ、劇場に足を運ぼうと考えていただけるみなさま。こうした思いがつながり、初めて完成に至ります。『みをつくし料理帖』の撮影は昨年８月にクランクアップしましたが、４月以降には映画館が営業できない時期もありました。こうして公開できることに、本当に感慨深いものがあります。映画も料理もきっと同じ。作り手が思いを込めて作ったものが、糧となり相手を幸せにできる──そんなことを今、あらためて感じています」