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芸能人インタビュー
- 『五十年目の俺たちの旅』 当時を懐かしみ、あの頃の 自分を思い出してほしい 2025.12.16
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1974年のデビューから俳優・歌手として第一線で活躍する中村雅俊さん。昭和を代表する青春ドラマの金字塔『俺たちの旅』が来年1月9日から映画公開。ドラマ終了から50年が経ち、70代となったカースケ、オメダ、グズ六の〝令和の旅〟に期待が集まります。
気持ちの持ち方次第で青春は何歳になっても続いていく
デビュー作『われら青春!』、『俺たちの勲章』『ゆうひが丘の総理大臣』など、70年代の青春ドラマの顔ともいえる中村雅俊さん。
「先日、京都で青春という言葉の由来を教えてもらいました。中国の四神・青龍だそうです。じゃあ、おれたちが考える青春って何でしょうね。昔は若いだけで青春だと思っていましたが、この歳になるとそれも違うように思います。気持ちの持ち方次第で、青春は何歳になっても続いていくと思います」
中村さんが出演した青春ドラマの代表作が『俺たちの旅』。高度経済成長が陰りを見せた昭和50年当時。卒業を控えた大学生カースケ(中村雅俊)とオメダ(田中健)、社会人のグズ六(秋野太作)は人生の壁にぶつかり、苦悩と葛藤を抱えながらも、自分らしい生き方を追い求める姿が多くの共感を呼びました。
「輝かしい青春ドラマとは違い、影の部分を正面から捉え、切なさを描いてきた作品です。友情や人を愛すること、どう生きるかという普遍のテーマに対し、俺たちの旅なりの結論を出しました。撮影現場では井の頭公園を走り回ったり、肩車をしたり、喧嘩したり…。演じる俳優も本気になったし、その熱が観ている人に伝わったんだと思います」
ドラマ終了後も10年おきにTVドラマが放送。人生の分岐点で立ち止まり、社会の荒波にもまれながらも、3人の旅は続いていきました。そして50年目、『俺たちの旅』が映画化されます。
「ドラマは斎藤(光正)さんが主に監督でしたが、40年目のときに亡くなって…。脚本の鎌田(敏夫)さんが『雅俊、監督やれ』って。おれがメガホンを取ることになりました。
あの当時、『俺たちの勲章』っていう刑事ドラマをやっていました。松田優作さんと犯人を必死に追いかけてたのに、その後の『俺たちの旅』では大学生の日常。両作の脚本家だった鎌田さんに『ドラマがないじゃないですか!』って電話した記憶があります。
けれど、斎藤監督が脚本をきめ細かく具現化し、俺たちの旅らしさが少しずつ分かっていきました。50年前、監督が一番最初に撮影したのが世田谷区の岡本町の坂のシーン。今回も同じ場所で撮影しましたが、ジーンとくるものがありました」
新作映画では、20年前に病死した洋子が「生きているかもしれない」という噂がカースケとグズ六の耳に入ります。一方、米子市長のオメダは県知事を目指すが、誰にも言えずに抱えているある本音をカースケに打ち明けます…。それぞれの人生を歩み始めた3人が導く結論とは。
「俺たちの旅という作品はもちろん、健ちゃん、秋野さん、スタッフと出会えたことには本当に感謝しかありません。そして3人とも元気で、50年目に再び作品をつくる奇跡のような経験をさせてもらいました。この3人が集まるとゴレンジャーだって話していて、3人だからサンレンジャーなんですけど(笑)。スクリーンに映る3人の姿を観れば『俺たちの旅』を感じてもらえると思います。
映画では過去のシーンも使っていますが、回想ではなく、じっくりと観てもらいたい。本当にいいシーンが多いですから。当時を懐かしみ、おれら3人と同じく、映画を観たひとがあの頃の自分を思い出してほしい。50年目の答え合わせも本作のテーマです。おれたちの苦悩の先にあったもの、そして洋子との物語に期待してください」●ヘアメイク:鈴木佐知 スタイリスト:奥田ひろ子
■プロフィール
俳優・歌手/中村 雅俊
1951 年、宮城県出身。慶応義塾大学在学中に文学座の附属演劇研究所に入所。TVドラマ『われら青春!』(74)の主役に抜擢されデビュー、挿入歌『ふれあい』が100 万枚以上を売り上げ。以降は俳優・歌手として活躍し連続ドラマの主演数は34本、これまで55 枚のシングルを発表し、30 万枚以上のヒットが6曲を数える。
■インフォメーション
五十年目の俺たちの旅来年1月9 日㈮よりTOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開
■監督/中村雅俊
■原作・脚本/鎌田敏夫
■出演/中村雅俊、秋野太作、田中健/岡田奈々©「五十年目の俺たちの旅」製作委員会









