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一期一筆
- 朝顔と平和 2022.09.20
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朝顔やつるべ取られてもらひ水(加賀の千代女)。朝起きて井戸に水を汲みに行くと、朝顔の蔓が釣瓶に巻き付いている。みずみずしく透けるような花びらは朝の光を受けて神々しいほど美しかったので、蔓をはずさず近所に水をもらいに行った。朝顔への愛情が伝わってくる句である。
朝顔は秋の季語で、秋の訪れを告げる花。夜明けに咲き、昼にはしぼむ。主に西洋朝顔と日本朝顔に大別され、現在では交配によって一六〇〇種以上の品種が存在するほか、突然変異で誕生した変化朝顔も数多く育てられている。薬草として奈良時代末期ごろに中国から渡来したもので、青と白色の花だけという素朴で地味な花だった。
そんな朝顔が観賞用として〝華麗なる変身〟を遂げたのは、江戸時代に入ってからという。歌人で園芸家でもあった芥川元風を江戸に呼び寄せた家康、椿好きの秀忠、盆栽に執心した家光。徳川三代将軍は〝花癖将軍〟と言われるほどの花好きだったことなどもあって、江戸時代に園芸文化が一気に花開き、武士も庶民も家の軒先や路地裏で園芸を楽しむようになった。
なかでも狭い軒下でも栽培できた朝顔は、品種改良や育種技術を学んだり、突然変異による変化朝顔の誕生など好奇心旺盛な江戸っ子の〝粋な心〟を刺激したこともあって、色や形もさまざまな品種を生み出す原動力となったようである。
また幕藩体制が整い、世の中が平和であったことも見落としてはなるまい。朝顔の観賞用への変身や俳句や園芸文化の開花も、泰平の世であったればこその産物である。忘れてはならない教訓である。(石井仁・読売新聞東京本社元記者)